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Apr 12

七つの女の子と話をしていたら、作文が終わらなくて困っているという。彼女は小さい子にしては要領よく話すんだけれども、なにしろ七歳は七歳なので、話がくどい。しかもしょっちゅう脱線する。最後まで聞いて推測するに、どうやら何を書いて何を省くかがわからないので作文が長くなっている、ということらしかった。

学校の授業の作文で七五三の話を書くことにして、けれども原稿用紙六枚書いてもまだ、当日の朝ごはんが終わらない。メニューとその匂い、湯気のようす、パンの焼き加減の好みに関する主張で六枚目が終わってしまった。今までのぶんを捨てて書き直すべきか、という意味のことを、彼女は言う。読ませて頂戴というと、ずいぶんとはずかしがってから、結局読ませてくれた。

八枚切りのパンを焦げるぎりぎりのところまで熱してからバターを塗り、しみこませて食べる、ジャムはパンに塗るべきではない、ヨーグルトにいっぱい入れたほうがいい、なぜなら赤(いちごジャム)やむらさき(ブルーベリージャム)が白いのに混ざるのがおもしろいから、あと、わざとちゃんと混ぜないで甘いところと甘くないところをつくる、生の食パンとか意味わからない、不味い、というようなことが延々と書いてあって、私はいたく感動した。ニコルソン・ベイカーみたいだ。徹底した脈絡のなさがすばらしくリアル。他者の価値観を一顧だにしない主観がなんてクール。

たぶん彼女は記憶と思考を選ぶことが、まだうまくできないのだ。それに抽象概念の操作にも慣れていない。だから頭の中を時間軸だけで切り取ったような文章を書いている。

これはすごくいい文章だよ、と私は言った。七五三なんか放っておいたっていいじゃない、ここはひとつ朝ごはんまででいこうよ、捨てちゃうのもったいないよ。私がそう提案すると、彼女は重々しくうなずいて、まあね、これ自分でもわりと気に入ってる、と言った。

でも彼女はそういう作文を書きつづけるにはいかないことをちゃんと知っていて、きれいにまとまった文章を作る方法を知りたがってもいた。だから私は作文を終わらせる方法を教えることにした。

あのさ、まず書くことを決めるじゃない、最初に。七五三とか。で、書くことの前とか後とかあるでしょう。七五三の日の朝ごはんみたいなこと。それはちょっと短くする。どうやって短くするかっていうと、八枚切りのパンを反りかえるまで焼いてから反対側もちょっとあぶって、それからバターをつけて、って書きたいところを、お父さんとお母さんと一緒にパンを食べました、って書くんだ。もちろんお母さんが起きてからよくわからない部屋着に着替えてそれから出かける格好になることの謎についてとか、お父さんのひげそりの音が変化に富んでいて魅力的だということとかは書かない。もっと省きたかったら、ただ「朝ごはんをすませて」、って書く。文いっこもいらない。

もっと短くしたかったら、と彼女は訊いた。私は彼女の真似をして重々しくうなずき、「支度をして家族みんなで家を出ました」って書くの、と言った。もっと、と彼女が言うので、神社の階段を登っているところから始めてもいい、と私は教えた。もちろん一日は朝起きたところからはじまる、でも作文では石段に足をかけたところからはじめてもいい、なんなら帰ってきたところからでもいい。

彼女はやはり重々しくうなずき、ありがとう、と言った。どういたしましてと私はこたえた。

でもそれはほんとうはつまらないことなのだ。誰かの要求にあわせて作文を刈りこむなんて、書く意味があることとないことをふるいわけるなんて、所定の枚数にきれいにおさめるなんて。思いついたことは思いついた順に全部書けばいいんだけどな、と思う。

” —

作文が終わらない - 傘をひらいて、空を (via kml) (via matsumi, matsumi) (via shortcutss, shortcutss) (via momomomorimori, momomomorimori) (via alice-lives-in-the-reblogia, alice-lives-in-the-reblogia) (via rokuroku, rokuroku) (via cocayucaco, cocayucaco)

何がいいって、描かれている女の子の話を書いているこの文章自体が優れていること。入れ子で重なった透かし彫りのようにいいものを眺めるお得感。

(via swmemo, swmemo) (via budda, budda) (via toshi0104, toshi0104) (via kiri2, kiri2)

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“チンパンジーは他のチンパンジーの群れを襲い壊滅させて乳のみ子にいたるまで虐殺せしめその肉を喰らっても毛ほどの罪悪感も感じないけど、ゴリラはうっかりゴリラパワーで小動物殺してしまうとショックで寝込む(本当)” — Twitter / warainaku (via yellowblog)

(via omoro)

Apr 01

“楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら、楽はしちゃダメだと思うよ。楽しいことがやりたいと思った時点で、楽な道からはそれるんだよ。その人は。だって、おおこれもやりたいって、楽しいことを実現するためにはもう忙しいってなるじゃん。寝てる暇なんかねーよって。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃだめだね。ただ、生活は楽なほうが絶対いいと思うよ。でも人生は楽しいほうがいいじゃん。” —

水道橋博士の「博士の悪童日記」:7月17日  水曜日 - livedoor Blog(ブログ) (via 010734) (via yellowblog) (via yangoku)
2009-02-04 (via yasaiitame) (via mcsgsym) (via usaginobike) (via kokirikoo) (via morisova)

(via it-shine-reading) (via yaruo)

Mar 15

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/08/20(水) 19:30:10.61 ID:VFZjy1hJ0

森博嗣だけど、

『住まいは田舎がいい、森と日溜まりでひと寝入り、飛ぶ鳥、稲と日照り、まだ独りもいいが、家内はいます』

” —

ベア速 凄い回文教えてくれ (via gutarin) (via d5dx) (via plasticdreams, yuria)

2009-03-03

(via gkojay) (via tra249) (via kai-fumio)

(via s-hsmt) (via kuenishi)

(via kotoripiyopiyo)

 実は、数十万年に及ぶ人類史(人類の定義によって長さは大幅に異なってくるが)の99%を占めていた狩猟採集時代の生活水準は、何と産業革命前の大半の農民の生活水準よりずっと良く、現代の先進国の水準により近かったというのが人類学の通説である。人類学と無縁な人は俄かに信じがたいであろう。これまで常識であった、人類は危険で不安定な狩猟採集生活から、その高い知能と努力によって安定的な農業生活を手に入れ、さらに産業革命で豊かな社会に達したという、直線的な進歩史観に真っ向から反する説だ。

 しかし、欧州人の入植時代の文献として残っている米大陸や豪州の原住民の生活誌、最近まで細々と残っていた現代の狩猟採集民の人類学調査や、考古学的な様々な証拠から、狩猟採集民の方が、周辺の農耕民や遊牧民よりも栄養状態や体格が良く、より健康で平均寿命も長く、かつ精神的にも健全で、労働時間はずっと短くて余暇生活はより長く充実しているということが判明している。

” — 先進国ではなぜ、少子化するのか:日経ビジネスオンライン (via igaos) (via tsupo) (via oppeke) (via fukumatsu) (via yaruo, igaos)

2009-10-29

(via gkojax-text) (via mcsgsym) (via yaruo)

Mar 12

 近年,こういった疑問に対し,興味深い説が唱えられている。曰く,「軍事的な力を決定するのは,その国家(あるいは集団)の人口増加率である」という説だ(「自爆する若者たち――人口学が警告する驚愕の未来」/グナル・ハインゾーン,新潮選書,2008)。

 この説は,非常に簡単に要約すれば,「このままでは食い詰めてしまう次男坊以下の若者が社会に占める比率が高ければ高いほど,その国は爆発的な軍事力を持ちうる」という考え方で,驚くべきことに歴史上の大きな戦争の勃発とその推移は,ほぼこの説で説明できる。

 例えば大航海時代におけるイベリア半島や,ナチス勃興期のドイツの人口増加率・若年者比率は,急上昇傾向を見せていた(ちなみにドイツの場合,大戦勃発前には再び低下した)。現代でいえば,パレスチナの水準はこれらと同じ水準かそれ以上の領域にある。あらゆる説と同様に鵜呑みにするのは危険だが,重要な示唆を含んでいることは否定しきれないだろう。

” — 4Gamer.net ― 勝負の行方を決めるのは量が質か。連載「そうだったのか! シヴィライゼーションV」の第3回は,答えがないと思われがちな戦争の勝ち方に迫る (via hirai)

(via yaruo)

Mar 07

“Wikipediaのバイアグラに書いてある逸話がギャグだよね。心筋梗塞治療薬として開発したがそっちは目立った効果が出なかったのでが治験中止したが。被験者が余った薬を返却したがらない。なぜかと思ったらちんこぎんぎんになるので返したくなかったとかwww” — Twitter / @juangotoh (via toronei)

(via yaruo)

自分で商売をやりはじめてわかったことー。
何かを売り込むときに、まずデメリットから提示するのが、お付き合いを長くする第一歩。逆に言えば「最初からデメリットなんて言えるか!逃げられてしまうわ!」と思ったら、まだ商売に持ってくには早いってサイン。デメリットを隠したいって思う心理には、その商売のメリットを説明できない準備不足か、人間関係を作れてなくてお客さんを怖がってるか、本当はデメリットの方が大きいことを知っているか、単にめんどくさいのか、いずれにしても、お客さんに判断させまいとする動機が隠れてる。

だから、何かをプレゼンテーションするとき、まずパワポの初っ端に「このご契約のデメリット」なる文言が浮かぶシーンを想像することからはじめると、シミュレーションも万全になるんだと思うなあ。僕パワポ嫌いだけど。
 
いやだって、自分がお客さんのときを考えてみたら、メリットばかり強調されたら、どこかで「?こんないい話ありえなくなくね?」って思うじゃない。で「デメリットは?」って聞きたくなるじゃない。それを質問させるようじゃ、商売はうまいこと続かないよねって話。「デメリットは?」って聞いて、相手が「これこれです」って答えても、「ああ、なんだやっぱあるんじゃん」となって「聞いてよかったわ。つか、聞いた俺グッジョブ」って、ちっとも売り込む人のポイントゲットになってないよね。デメリットカードを場に最初にオープンにしとけば、お客さんも手持ちのカードと比較しやすいわけで、そしたらメリットカードがデメリットカードの上に乗ったときに、自信を持って主体的にベットできるじゃない。

なんてことを、友人の息子さんが持ってきた求人案内の文言を読みながら思った。この人たち、生活を賭けてる労働者ってプレイヤーに選択させる気ゼロだよね。それ、商売人のやることかい?

” — 自分で商売をやりは… - すず黄 - すず黄 - はてなハイク (via wideangle)

(via kotoripiyopiyo)

“ものすごく残念な話なんだけど、今のリスナーっていわゆる文学的な比喩を含んだ歌詞とかを理解できないんだって。
好みじゃないとか流行じゃないとかでなくて、本当に意味が理解できないらしい。

例えば「汽車を待つ君の横で僕は、時計を気にしてる・・・」
なんてのが、初春の別れの日の情景を切り取ったものだということが読み取れないわけ。
「去年よりずっときれいになった」なんて言われても、それが別れとどう繋がるのすら理解できない。

だから「二人は今日でお別れだね、まだ好きなんだけどしょうがないよね、いままでありがと、でも好きだよ」とか
なんの捻りもないというか、捻りを入れない歌詞にせざるを得ないらしい。” —

芸スポまとめblog : 【音楽】「歌詞が支持されている曲」 1位GReeeeN「キセキ」、2位ORANGE RANGE「花」、3位ケツメイシ「さくら」 - ライブドアブログ (via motonezumi, hasamitonori) (via darylfranz)

いやぁ、同感。

(via words-silence) (via yaruo) (via motomocomo)

(via kotoripiyopiyo)

“僕には「他人の失敗を願う癖」がありました。

これはかなり悪い癖なんですが、実はある言葉を貰ってから一切そう思わなくなりました。

その言葉とは、
「タイガーウッズは、他の選手がプレイするときに、”成功しろ!”と願う」
そうです。

理由は、「失敗しろ!」と思うと潜在意識の中でに失敗するというのが
植え付けられるので自分のプレイのときに失敗するそうです。

だから、「他のみんなが成功しろと思ってると成功するよ!」と言うことでした。” — 起業して挫折を経て分かった、「好きを貫いて気分よく生きる」事の難しさ。|ホットココア社長日記 @egachan (via wasara)

(via kotoripiyopiyo)